大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)663号 判決 1962年2月28日
控訴人 原告 日本信用販売株式会社
訴訟代理人 角南瑞穂 外一名
被控訴人 被告 関西酪農協同株式会社
訴訟代理人 坂東宏
主文
1 原判決主文第一項を次の第二、第三項のとおり変更する。
2 被控訴人は控訴人に対し二六二万九九〇三円及びこれに対する昭和三四年二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金額を支払え。
3 控訴人その余の請求を棄却する。
4 本件付帯控訴を棄却する。
5 訴訟費用は第一、二審を通じその二分の一ずつを控訴人(付帯被控訴人)と被控訴人(付帯控訴人)との各負担とする。
6 この判決主文第二項は、控訴人が被控訴人に対し八五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
控訴人は、昭和三五年(ネ)第六六三号事件について、「原判決主文第一、第二項を次のとおり変更する。被控訴人は控訴人に対し五六三万四四一三円及びこれに対する昭和三四年二月二五日から支払ずみまで年一割八分の割合による金額を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び第二項について仮執行の宣言を求め、付帯被控訴人は、昭和三五年(ネ)第一二二一号事件について、付帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人は、昭和三五年(ネ)第六六三号事件について、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、付帯控訴人は、同年(ネ)第一二二一号事件について、「原判決主文第一、第三項を取り消す。付帯被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも付帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。控訴人(付帯被控訴人。以下同じ。)は第一次請求(連帯保証債務履行請求)を取り下げ、被控訴人(付帯控訴人。以下同じ)はこれに異議を述べなかつた。
当事者双方の主張は、
控訴人の方で、
被控訴人の従業員で控訴人の購買会に入会した者、すなわち会員が、物品購入クーポン及び特別券(スペシアルカード)取扱加盟店である神鳴電化商事株式会社(以下神鳴電化という。)より物品をクーポンまたは特別券と引換に購入すると、控訴人はそのクーポン、特別券記載の物品代金に相当する金額から控訴人の所得となる手数料(特別券の場合は、控訴人は会員からも手数料の支払を受ける。)を差し引いた金額を毎月一定日に神鳴電化に支払(代金の立替払)うべき旨を控訴人は神鳴電化との間に約定していた。他方、右のように神鳴電化からその所有の物品を購入した会員は、その代金額相当の前記立替金を、月賦支払の方法で、控訴人に支払うべき旨控訴人と約定しているものである。したがつて、厳密にいうならば、会員が月賦で控訴人に支払うべき金額債務は、その購入物品の代金というよりも、むしろ控訴人が会員に代位して神鳴電化に支払つた物品代金の償還債務であるというべきである。
被控訴人の被用者である谷脇慶三郎は、被控訴人の庶務係長として、文書の発送受領、給与の計算、従業員の福利厚生に関する業務を担当していたものであつて、福利厚生に関する業務の遂行上必要な文書の作成、発送、受領は谷脇の庶務係長としての職務に属するのであり、被控訴人代表取締役名義の契約書の授受は、たとえその記名押印が勝手に行われたものであるとしても、外形上谷脇の庶務係長としての職務権限に属するものである。他方、一般に会社が従業員の日用品購入について代金月賦支払の便宜をはかることは、その福利厚生に関する事務であつて会社の事業目的の範囲に属する。控訴人は谷脇からだまされ、被控訴人がその従業員である会員の前記立替金償還債務を連帯保証したものと誤信した結果、物品代金合計七四九万二一五〇円から手数料五パーセントにあたる金額三七万四六〇七円を差し引いた金額七一一万七五四三円を神鳴電化に支払つたが、右物品代金七四九万二一五〇円と購入者から支払われた償還金額一八七万六五五〇円との差額五六一万五六〇〇円に得べかりし手数料一万八八一三円を加えた合算額五六三万四四一三円相当の損害を受けたものである。たとえ、右合計七四九万二一五〇円のうちに、被控訴人の従業員でない者あるいは従業員であつても会員とならない者が神鳴電化から購入した物品代金が含まれているとしても、控訴人は、谷脇が控訴人に交付した会員名簿に基づいて、それ等の者を真実会員であると誤信した結果、その物品代金を神鳴電化に立替支払つたものである。したがつて、それ等の者が真実被控訴人の従業員たる会員であると否とにかかわらず、谷脇の詐欺行為によつて控訴人が前記損害を被つたことに変りはないのであつて、その間に相当因果関係があるのである。
被控訴人主張の過失相殺の抗弁事実については、控訴人には被控訴人主張のような不注意はない。すなわち、本件連帯保証契約締結に際し、控訴人の担当者が被控訴人の幹部に面接して交渉しなければならないものではない。控訴人が神鳴電化に対しクーポン、特別券を会員に発行する事務を委託したこと自体によつて控訴人の損害が増大したものではないし、神鳴電化は控訴人の被用者に準ずべきものでない。谷脇や伊藤邦子の名義で多量の物品が購入されているとしても、その他の従業員が谷脇等の名義を使うこともあり得るばかりでなく、昭和三二年九月から昭和三三年一一月までの間物品代金の立替金は、約旨のとおり控訴人に償還されており、控訴人の方で谷脇等の多量の物品購入に疑念を抱く余地はなかつた。
と述べ、
被控訴人の方で、
会社の従業員の「福利厚生」の意義は、広汎なものであつて、個々の会社によつてその方法、程度が異つており、あるいは住宅資金借入、生命保険加入、依類その他の生活必需品の購入などその全部または一部を福利厚生の業務として採用している会社もあるであろうし、他方そのいずれをも採用していない会社もあるのである。要するに各会社について、福利厚生を業務目的とするか否かを具体的に決めるべきである。被控訴人の代表取締役は、従前から月賦購入は従業員の生活を脅かすものとして従業員にこれを禁止していたのであるから、控訴人主張の月賦販売に関する契約あるいは連帯保証契約の締結は、被控訴人の事業目的の範囲に属しないというべきである。谷脇の甲第一号証の契約書の作成は、その職務権限に属せず、たとえそれの交付が外形上谷脇の職務に属するものであるとしても、これがため民法七一五条の規定による使用者責任を被控訴人が負うべきものではない(東京地裁昭和三四年一一月二〇日判決参照)。
仮にそうでないとしても、被控訴人の従業員でない者、あるいは従業員であつても控訴人の購買会に加入していない者が、神鳴電化より購入した物品の代金債務については、本来被控訴人は連帯保証責任を有しないのであるから、たとえ控訴人がそれを神鳴電化に立替支払つたとしても(控訴人がこれを支払つたことを被控訴人は否認するものである。)、被控訴人に関係がないものであつて、被控訴人がその損害を賠償すべき責任を負う筋合はない。
仮にそうでないとしても、控訴人は自己の不注意によつてみずから損害を招いたものであつて、控訴人に重大な過失があるのである。すなわち、控訴人はクーポン、特別券の発行事務を神鳴電化の山下正保に委任し(控訴人は控訴人商事部名義を山下に貸与した。)ていたところ、山下は谷脇等または架空人の名義で勝手にクーポン、特別券を発行し、かつそれと引換に販売した物品を買主に引き渡さず、他に売却処分しているのである。控訴人はその保管する購買会会員名簿に本人名義の押印のない会員、あるいは記載されていない者等の購入した物品代金をも支払つている。神鳴電化は自己と控訴人との間の月賦販売に関する契約に違反しているのであつて、ひいては控訴人に過失があるものといわなければならない。したがつて、損害賠償の額を定めるについては、控訴人の過失が参酌されるべきである。
と述べたほか、
いずれも原判決記載事実と同一(ただし、原判決四枚目表末行に「されのは」とあるのを「されたのは」と訂正し、同裏末行に「渋谷信雄」とあるのを「渋谷信隆」と訂正し、同七枚目裏八行目に「晴喜の勤務状況」とあるのを「慶三郎の勤務状況」と訂正し、連帯保証債務履行請求に関する部分を除く。)であるから、これを引用する。
当事者双方の証拠の提出援用認否は、
控訴人の方で、
甲第六号証の一から三四まで、第七号証から第九号証まで、第一〇号証の一から一〇〇まで、第一一号証の一から一六までを提出し、当審証人吉崎八郎、渋谷信隆の証言を援用し、乙第一一号証から第一三号証までの各一、二の成立は不知と述べ、
被控訴人の方で、
乙第一一号証から第一三号証までの各一、二を提出し、当審証人山崎智行の証言を援用し、乙第七号証から第九号証まで、第一〇号証の一から一〇〇まで、第一一号証の一から一六までの成立は不知と述べたほか、
いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。
理由
一、甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書(いずれも、その被控訴人の社印、代表取締役橋本光正の記名押印は、後記認定のように谷脇慶三郎が勝手にゴム印、代表取締役の印を使用して押したものである。)、甲第五号証の一から一四までの長期月賦申込書、甲第一〇号証の一から二二までの特別券(スペシアル・カード)、甲第一〇号証の二三から二七までのクーポンの各記載自体、弁論の全趣旨によりその成立の認められる甲第七、第八号証、原審及び当審証人渋谷信隆、原審証人寺尾亮太郎の証言を総合すると、次の事実が認められる。
控訴人は、月賦販売の仲介を業とする会社であるが、月賦販売における控訴人、会社等職域団体、購買会員、物品購入券取扱加盟店間の関係は、次の(1) から(4) までのとおりである。
(1)控訴人と職域団体との関係 控訴人と職域団体代表者との間において、控訴人発行の物品購入券((イ)一冊五〇〇円券六枚、一〇〇円券一〇枚綴計四〇〇〇円の二カ月間有効のクーポンと(ロ)六カ月、一〇カ月、一五カ月、二〇カ月月賦で購入する場合の購入者((購買会会員))が手数料を支払つて使用する特別券((スペシアル・カード))との二種類)の使用に関する包括的契約が文書によつて締結され、この契約により、職域団体代表者はその職域に勤務する従業員で購入券使用者(購買会会員。以下会員という。)となろうとする者の名簿(以下会員名簿という。)を控訴人に提出し、職域団体は、控訴人と職域団体との間の事務連絡、集金等をする代行者を指定し代理人印鑑を控訴人に届け出る。会員の購入券による購入代金または控訴人が加盟店に対し会員に代位して支払つた代金の償還金(以下購入代金等という。)は、毎月一定日(控訴人と後記認定の被控訴人庶務係長谷脇慶三郎との間に授受された契約書では、毎月五日とされた。)締切、翌月一定日(同契約書では、翌月五日)まで代行者が徴収のうえ控訴人にこれを支払う。職域団体は会員の右代金等支払債務について連帯保証をする。
(2)控訴人と会員との関係 職域団体の従業員で購入券を使用して加盟店で物品を購入しようとする者は、代行者に申し出て会員名簿に記名押印のうえ申し込み会員となり、代行者を介して控訴人発行の会員証及び購入券を控訴人から受け取る。クーポンによる購入代金等は、一カ月間の買上総額を三等分し三カ月月賦とし毎月月給から差し引き指定日までに支払う。特別券による購入代金等は、前示月賦期間(六カ月、一〇カ月、一五カ月、二〇カ月)に応じて等分し毎月月給から差し引き指定日までに支払う。
(3)控訴人と購入券取扱加盟店との関係 加盟店は、会員から控訴人発行の購入券を呈示された場合、それに記載された会員記号・番号と会員所持の印章、会員証とを照合確認したうえ、購入券表示の金額に相当する取扱物品を会員に販売する旨を控訴人と契約する。控訴人は、加盟店から毎月三回一定日に締め切つて送付を受けた前示購入券に表示された金額を、クーポンの場合は三カ月、特別券の場合はそれぞれの月賦期間に等分して加盟店に支払うため、それぞれの期間に応じた確定日払手形を毎月一定日までに振り出す。加盟店は、購入券による販売額に対する一定比率による手数料を控訴人に支払う。
(4)加盟店と会員との関係 会員は、会員証とそれに押された印章とを持参し購入券と引換に加盟店から購入券表示の金額に相当する物品を月賦で購入し(売買契約の締結、ただし所有権は加盟店に留保されない。)、その月賦購入代金等(それは職域団体における月給から差し引かれる。)を代行者したがつて職域団体を介して(正確には、職域団体を代理人として)、控訴人に支払い、これによつて会員の加盟店に対する代金支払義務は消滅する。
以上の事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。
二、被控訴人は、酪農製品の製造販売を業とする会社であるところ、谷脇慶三郎は、控訴人主張の当時被控訴人に雇われており、庶務係長として文書の発送・受領、従業員の給与の計算、福利厚生に関する事務を担当していたものであるが、谷脇が昭和三二年八月二八日控訴人に対し被控訴人代表取締役名義の、甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書を控訴人に交付したことは当事者間に争がない。甲第一、第二号証、第五号証の一から一四まで、第一〇号証の一から一〇〇まで、第一一号証の一から一六まで、乙第七号証から第九号証までの各一、二の各記載自体、原審証人谷脇慶三郎の証言によつてその成立の認められる甲第三、第四号証、乙第一号証から第四号証まで、弁論の全趣旨によつてその成立の認められる甲第九号証、原審証人森本熊二郎の証言によつてその成立の認められる乙第五、第六号証、原審証人船場亨、寺尾亮太郎、谷脇慶三郎、谷脇晴喜、広野喜十、森本熊二郎、檀上昌也、原審及び当審証人渋谷信隆、当審証人吉崎八郎、山崎智行の証言、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果、被控訴人の従業員谷脇ほか二一名が昭和三二年七月から昭和三三年一二月までの間に神鳴電化から電機製品価額計四九万六二五〇円相当を買い受けた旨被控訴人が自認している事実を総合すると、次の事実が認められる。
谷脇慶三郎は小学校を卒業し、その兄谷脇晴喜が資金貸付担当者として勤務しており被控訴人が資金を借り入れている農林中央金庫に勤務したことがあるものであるが、兄晴喜のあつせんによつて、同人を身元保証人として、昭和三〇年八月頃被控訴人管理部資材係員に雇われ(その際谷脇慶三郎は、商業学校を卒業している旨履歴書に記載した。)、昭和三一年秋頃被控訴人総務部庶務係長を命ぜられ、総務部長広野喜十の指揮監督を受け(被控訴人総務部には課がおかれず係がおかれていた。)、前示のように文書の発送・受領、従業員の給料の計算、作業衣、長靴の購入、運動会等慰安会の企画など福利厚生に関する事務を担任していた。被控訴人社屋に昭和三二年一月頃から電機製品の販売を業とする神鳴電化株式会社(以下神鳴電化という。)の販売員が出入りし、被控訴人の従業員で神鳴電化から電機製品を月賦で購入する者があり、谷脇はその者の給料から月賦代金を差し引いて神鳴電化に交付していた。同年七月頃神鳴電化が被控訴人社屋内で商品を展示し、被控訴人代表取締役橋本光正から差し止められたことがあつた。その頃控訴人営業部員の船場亨は、これより先同年五月頃控訴人発行の購入券取扱加盟店となつた神鳴電化の販売員とともに、みずから被控訴人庶務課長と称していた谷脇に交渉し、前示のように控訴人がそれの仲介を業とする月賦販売に関する前示一(1) の契約を被控訴人と控訴人とが締結するよう勧めた。その後右交渉が数回船場と谷脇との間で行われた結果、同年八月二五日頃谷脇は、その保管者である総務部長広野がたまたま席を離れた隙に乗じて机上の印箱にあつた被控訴人代表取締役の記名印、印を勝手に、かねて受け取つていた、前示一(1) の契約内容の記載されている甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書に押し、同月二八日被控訴人の宿直室で、これを控訴人の営業部員船場に交付した。その際、船場は甲第一号証の契約書、第二号証の代行者通告書を真正に成立したものと信じ、その後も控訴人の方でこれに疑念を抱いたことはなかつた。控訴人は従来他の会社その他職域団体との間に右契約を締結するに際しその代表取締役等幹部と交渉したことはなく、課長その他事務担当者と交渉していた。他方、谷脇と被控訴人の従業員伊藤邦子とは、それぞれ同日付、同年一〇月一〇日付で会員申込をし、さらに谷脇は、伊藤や神鳴電化の販売員山下正保からいわれるまま同年八月二八日から昭和三三年一二月二八日までの間被控訴人の従業員二〇数名が会員申込をしたものとし、かつ架空人芦尾貞雄等数名を従業員であるとしてそれ等が会員申込をしたものとし、その旨会員名簿に記入してこれを控訴人に交付した。控訴人は昭和三三年九月五日購入券発行の事務を神鳴電化に委任し、それより以後は神鳴電化が会員となつた者に購入券を発行した。伊藤と山下正保とは、共同して昭和三二年八月中から昭和三三年一二月下旬までの間伊藤、谷脇架空人を含む前示会員名義(事実は会員でない者の氏名)を利用し神鳴電化で購入券と引換に、会員証及び印章を持参せずに(会員証はすべて谷脇が保管していた。)、電機製品価額六九九万五九〇〇円(控訴人の方で、被控訴人の従業員が購入したものと信じていたその代金七四九万二一五〇円から被控訴人が自認するその従業員谷脇等二〇数名が神鳴電化で買い受けた物品の代金四九万六二五〇円を差し引いた金額)相当を買い受け、伊藤の方でこれを定価の約半額で他に処分していた。そして控訴人は前示代金七四九万二一五〇円より手数料五パーセントに相当する三七万四六〇七円を差し引いた金額七一一万七五四三円を神鳴電化に交付し、他方会員から受領すべき前示一(1) 記載の手数料一万八八一三円を受け取ることができなかつた。昭和三二年九月から昭和三三年一二月までの間前示購入代金等の内金一八七万六五五〇円が谷脇によつて被控訴人名義で控訴人に支払われた。
以上の事実が認められる。右認定を履すに足りる証拠はない。
三、前示認定によると、控訴人は、昭和三二年八月二八日谷脇から甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書の交付を受けたことによつて、真実被控訴人が前示一(1) 記載の契約、ことに連帯保証契約をしたものと誤信したばかりでなく、伊藤邦子、山下正保が会員でないものを会員であるとして谷脇に会員名簿を作成させたことを知らず、会員が正規に購入券と引換に神鳴電化から物品六九九万五九〇〇円相当を購入したものと誤信し、また被控訴人の従業員二〇数名が実際は会員とならずに神鳴電化から購入した物品四九万六二五〇円相当を、谷脇が作成交付した会員名簿により会員として購入したものと誤信して、以上合計七四九万二一五〇円より手数料五パーセントに相当する三七万四六〇七円を差し引いた金額七一一万七五四三円を神鳴電化に交付し、かつ得べかりし手数料一万八八一三円を失つたものであつて、要するに谷脇は控訴人をして七一一万七五四三円を神鳴電化に支払わせ、かつ得べかりし手数料一万八八一三円を失わせたものというべきである。
すると、控訴人は、谷脇の前示詐欺行為によつて前示七一一万七五四三円と一万八八一三円との合算額七一三万六三五六円から前示受領金一八七万六五五〇円を差し引いた残額五二五万九八〇六円相当の損害を被つたものといわねばならない。
被控訴人は、会員でない従業員名義、架空人名義の物品購入による代金債務は、がんらい被控訴人の連帯保証の目的にならないから、控訴人に損害はないと主張するけれども、控訴人は前示のように谷脇からそれ等の者が会員である旨の、谷脇作成の会員名簿の交付を受けてだまされ、前示損害を受けたものであり(会員名簿に会員自身の押印がないからといつて、控訴人がだまされたことについて過失があるものということはできず、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。)、その購入代金等債務が連帯保証の目的にならないからといつて、控訴人に損害がないということはできない。被控訴人の右主張は採用できない。
被控訴人は、控訴人は物品購入者に対し購入代金等交付請求権を有するものであるから、実質上損害を受けていないと主張するけれども、伊藤邦子等物品購入者に対し控訴人が購入代金等交付請求権を有するとしても、それが現実に交付されない限り控訴人に損害(前示損害の発生、その損害額は確定している。)はあるのであつて、控訴人が被控訴人より先に伊藤等にその交付を請求しなければならない筋合はないばかりでなく、前示森本熊二郎の証言によると、伊藤は昭和三四年一月中所在不明となつたことが認められ、控訴人は伊藤から現実にその交付を受けることは不能であるというべきである。被控訴人の右主張は採用できない。
四、思うに一般に会社がその従業員の福利厚生に関する行為をすることは、使用者たる会社の事業執行の範囲に属するものというべきであつて、従業員がその生活に必要な物品を購入するについて、その会社が月賦販売の仲介を業とする会社との間に前一(1) のような包括的契約を締結し、かつ従業員の物品購入代金等債務について連帯保証契約を締結することは、使用者たる会社の事業の範囲に属するものと解するのが相当である。被控訴人は、前示のように代表取締役橋本光正が月賦販売の物品展示会を差し止め従業員の物品月賦購入を禁止しているから、それは被控訴人の事業の範囲に属しないと主張するけれども、代表取締役橋本光正がそれを差し止め月賦購入を禁止したのは、会社内部の事情であつて第三者としてはこれを適確に知ることはできず、控訴人がこれを知つていたことを確認するに足りる証拠もない以上、前示契約の締結、したがつてその契約内容を記載した書類の交付は被控訴人の事業の範囲に属するものというべきである。被控訴人の右主張は採用できない。谷脇は前示のように被控訴人の庶務係長として文書の授受、福利厚生に関する事務を担当していたものであるから、前示一(1) の契約内容が記載されている甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書を控訴人に交付したのは、谷脇が被控訴人代表取締役の記名印と印とを勝手に使用してそれを作成したものであるにしても、外形上谷脇の職務の範囲に属するものというべきである。
すると、被控訴人は、谷脇がその事業の執行についてした前示詐欺行為によつて控訴人に加えた前示損害を賠償すべき責任を免れない。
五、被控訴人は、谷脇の選任及びその事業の監督について相当の注意をし、または相当の注意をしても損害が生ずべかりしであつたから、免責されるべきであると主張するので考えてみる。思うに使用者は被用者の選任及び事業の監督のいずれについても過失がない場合において免責されるものと解すべきであつて、そのいずれか一方すなわちその選任について過失がないことを立証し得ない場合は、もはや使用者は免責されないものというべきである。被控訴人が谷脇を雇い入れるに当り、その経歴、人物、性格等を十分調査したことを確認するに足りる証拠はなく、かえつて前示のように谷脇の最終学歴は小学校卒業であるにかかわらず、谷脇はその履歴書に商業学校卒業と記載しており、被控訴人はその取引先の農林中央金庫に勤務するその兄のあつせんによつて昭和三〇年八月頃谷脇を雇い入れ、その約一年後の昭和三一年秋庶務係長に任命しているのであつて、被控訴人はその選任について相当の注意をしたものということはできない。他方、前示被控訴人代表者本人尋問の結果によると、被控訴人会社では毎月一回従業員全員に対する精神訓話が行われたり、部長会議の席上従業員の勤務態度について報告が行われたりなどして一般的監督が行われていることが認められるけれども、前示森本熊二郎の証言によると、谷脇は庶務係長在職当時架空人名義で従業員の給料合計約二二万円か二三万円をだまし取つていたばかりでなく従業員の所得税源泉徴収金約合計五万円を着服していたことが認められるのであつて、被控訴人が谷脇の監督について相当の注意をしたものということはできない。谷脇による被控訴人代表取締役の記名印、印の使用は、前示のようにその保管者である総務部長広野喜十が席を離れた隙に乗じてなされたものであるけれども、この事実をもつて被控訴人が相当の注意をしても損害が生ずべきであつたということはできない。被控訴人の右主張は採用できない。
六、控訴人は、前示のように五二五万九八〇六円相当の損害を被つたものであるところ、被控訴人は控訴人に過失があると主張するので、順次検討しよう。(1) 被控訴人は、控訴人の担当者は被控訴人の幹部と直接交渉して前示連帯保証契約を締結すべきであつて、谷脇とのみその交渉をしたのは過失であると主張し、控訴人の営業部員船場亨が谷脇とのみ交渉して甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書を受け取つていることは前示のとおりであるけれども、谷脇は前示のように自己を庶務課長と称し(被控訴人には、前示のように課はおかれていなかつた。)船場と交渉していたものであつて、谷脇が右契約書等のような重要書類を取り扱う地位、したがつて、谷脇が会社内部において契約締結の権限を有する者の契約締結の手続に関与する地位にあるものと船場が信じたことは是認されるものというべきである。船場が被控訴人の総務部長など幹部と交渉しなかつたからといつて、控訴人に過失があるものということはできない。被控訴人の右主張は採用できない。(2) 被控訴人は、甲第一号証の契約書、甲第二号証の代行者通告書が谷脇から船場に交付された際、その記載事項は白地であつたばかりでなく、その交付の場所は被控訴人の宿直室であつて、控訴人は右契約書等が真正に成立したものか否か調査すべきであり、これを怠つた控訴人に過失があるものと主張し、それ等の交付された場所は前示のように被控訴人の宿直室であつたけれども、この事実をもつてそれ等が真正に成立したものか否かについて控訴人の方で疑念を抱き調査しなければならないものということはできない。また前示船場亨の証言によると、甲第一号証の契約書の冒頭「関西酪農協同株式会社」の文字、契約条項中「締切日毎月五日」の「五」の文字、「請求書提出日毎月20日」の「毎」と「20」との文字、契約締結日「昭和32年8月28日」の各数字、甲第二号証の代行者通告書の冒頭「関西酪農協同株式会社」の文字、本文二行目の「昭和32年8月28日」の各数字、同二行目の「谷脇慶三郎」の文字、作成日時「昭和32年8月28日」の各数字は、船場が谷脇から右契約書を受領した際、記入されておらず、船場はその場でこれを補充したことが認められるけれども、右補充が行われたからといつて、右契約書等が真正に成立したか否かについて船場が疑念を抱かなければならないということはできない。控訴人の方に、その調査を怠つた過失はないというべきである。被控訴人の右主張は採用することができない。しかしながら、前示渋谷信隆の証言によつてその成立の認められる甲第六号証の一から三四まで、前示認定事実と弁論の全趣旨とによつて控訴人が谷脇から受領した会員名簿であると認められる甲第八号証の一から一六まで、前示認定事実と弁論の全趣旨とによつて神鳴電化が控訴人の委任に基づいて発行し、神鳴電化から控訴人に交付された、会員谷脇、伊藤及び会員とされていた者(実際は非会員で架空人を包む。)あての購入券であると認められる甲第一〇号証の一から一〇〇まで、前示渋谷信隆の証言、前示認定事実を総合すると、次の事実が認められる。
谷脇名義の購入券によつて、昭和三二年八月、九月中七万五五〇〇円、昭和三三年三月中一〇万二八〇〇円、同年一二月中九五万五〇五〇円その他合計一四三万三三五〇円相当の電機製品が神鳴電化で購入されており、伊藤名義の購入券によつて、昭和三二年一〇月中三万七五〇〇円、同年一一月中八万一四〇〇円、同年一二月中三万六〇〇〇円、昭和三三年一月、二月中一一二万二八〇〇円、昭和三三年三月中九万円、同年一〇月中一二万四二〇〇円その他合計一七九万一九〇〇円相当の電機製品が神鳴電化で購入されており、神鳴電化の販売員である山下正保と伊藤とは、共同して前示のように会員でない被控訴人の従業員約二〇名、架空人数名の各名義で神鳴電化から電機製品を会員証を呈示しないで購入しており、控訴人は、昭和三四年一月五日までに谷脇より控訴人に被控訴人名義で支払われるべき昭和三三年一二月分の購入代金等が支払われず、昭和三四年一月中調査の結果谷脇が前示のように甲第一号証の契約書等を勝手に作成したことを知つた。神鳴電化の販売員山下正保が伊藤と共同して前示のように会員でない被控訴人の従業員、架空人名義で会員証を呈示せずに神鳴電化で前示電機製品価額六九九万五九〇〇円相当を購入したものであることが、おそくとも同年四月一八日原審証人谷脇慶三郎の証言等によつて明らかになり、したがつて控訴人は山下の詐欺行為によつても前示損害を受けたものというべく、控訴人は山下の使用者である神鳴電化に対し前示損害の賠償を請求し得るにもかかわらず、これを請求しないで同年四月二〇日から同年六月二〇日までの間他の職域団体の会員の分を含む購入代金等計三一二万二四〇〇円を神鳴電化に支払つた。
以上の事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。
してみると、控訴人は、谷脇や伊藤が被控訴人の従業員として月賦で通常購入し得べき金額をこえて、多額の物品が谷脇等名義で購入されていることに疑念を抱き、適切な調査をする等相当の注意すれば、前示違法行為が明白となりその購入代金等を神鳴電化に支払うことを拒否できたものであり(もつとも、原審証人渋谷信隆の証言によると、控訴人の方で調査したところ、谷脇から同人名義で被控訴人の歳暮用品として多額の物品を購入したものであり、伊藤名義のものは他の従業員が伊藤名義を借りたものである旨聞いてそれを信用していたことが認められるけれども、前示のように谷脇名義で歳末以外の時期にも多額の物品が購入されており、右事実をもつては控訴人が相当の注意をしたものということはできない。)、他方控訴人はおそくとも昭和三四年四月二〇日以後、山下の前示違法行為にも起因する前示損害の賠償を神鳴電化に請求し得るにもかかわらず、これに気づかずそれより以後他の職域団体の会員の分を含む前示購入代金等三一二万二四〇〇円を神鳴電化に支払つたのは、控訴人の不注意によつて損害の発生を助けたものというべく、過失であることを免れない(なお、控訴人は、前示のように神鳴電化に購入券発行事務を委任していたけれども((控訴人が直接山下に対し控訴人商事部名義を貸与したことを確認し得る証拠はない。))、その間に指揮監督の関係があつたことを認め得る証拠はないから、神鳴電化をもつて控訴人の、民法七一五条にいう被用者ということはできない。)。
七、してみると、前示損害五二五万九八〇六円のうち被控訴人の賠償すべき額は、控訴人の前示過失について民法七二二条二項の規定を適用して、その半額二六二万九九〇三円と定めるのを相当とする。したがつて、被控訴人は控訴人に対し二六二万九九〇三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和三四年二月二五日から支払ずみまで民事法定利率年五分相当の遅延損害金を支払うべき義務を免れない。控訴人の本訴請求は、右認定の限度で相当として認容し、その余の請求を失当として棄却すべきである。
八、そうすると、右と同趣旨でない原判決は一部失当であるから、民訴法三八六条に従つてこれを変更すべく、本件付帯控訴は理由がないから同法三八四条に従つてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担、仮執行の宣言について同法九六条、九二条、八九条、一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 裁判官 日野達蔵)